八幡神社例大祭(飯坂けんか祭り)平成21年度の紹介動画

八幡神社、八幡神社例大祭実行委員会の全面的な協力を得て、飯坂温泉観光協会と飯坂温泉旅館協同組合が制作した紹介動画の7分間のダイジェスト版です。

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「平成21年 紹介DVD 八幡神社例大祭(飯坂けんか祭り)」の著作権者は、飯坂温泉観光協会と飯坂温泉旅館協同組合の両者であり、このDVDは一般家庭内の私的再生に用途を限定して販売されています。著作権を保有する飯坂温泉観光協会と飯坂温泉旅館協同組合の両者の文書による承諾なしに、有償・無償にかかわらず、貸与、複製、公衆送信、上映等を行うことを禁じます。

また、八幡神社例大祭をもう少し詳しくお知りになりたい場合、以下のテキストが参考になるでしょう。

○八幡神社例大祭(飯坂けんか祭り)の紹介動画をご覧になる前に○

 ご注意1:日時はすべて平成21年のものです。毎年ほぼ同じですが、年により、若干変更される場合があります。
 ご注意2:ここ数年間、本祭りを10月の第一土曜日に設定して開催されています。
 ご注意3:儀式名は【】で示してあります。

    目次
 1、例大祭(れいたいさい)とは何でしょうか。
 2、何故、「飯坂けんか祭り」という別名があるのでしょうか。
 3、八幡神社の由来
 4、祭礼期間(8日間)
 5、八幡神社例大祭実行委員会
 6、「祭典事務所(=町内)」について
 7、3種類の屋台について
 8、太鼓の叩き手と横笛の吹き手
 9、初日、中日、最終日
 終わりに:祭典事務所の活動と地域

1、例大祭(れいたいさい)とは何でしょうか。

 飯坂温泉の総鎮守(そうちんじゅ)である八幡神社(はちまんじんじゃ)の最大のお祭りです。五穀豊穣(ごこくほうじょう:豊作)を祈願し、氏子崇敬者(うじこすうけいしゃ:神社を敬うすべての人々)の隆昌を祈願します。

2、何故、「飯坂けんか祭り」という別名があるのでしょうか。

 祭りの中日に神社境内で、担ぎ屋台同士がぶつかり合う様を、誰ともなく「けんか」と表現し始めて何年もたちます。もちろん、誰も喧嘩しているわけではありません。ではなぜ、「もみ合い、ぶつかり合う」ようになったのかは、前後関係の説明が必要ですので、この解説文書の後半に記してあります。

3、八幡神社の由来

 例大祭を催す八幡神社の由来は、平安時代の天喜4年(1056年)にさかのぼります。
 後三年の役で奥州に出陣した源義家(みなもとよしいえ)が飯坂にさしかかった時、空にたなびく八条の雲を見ました。それに源氏の白旗を重ね見て、源氏守護神の八幡大神(はちまんのおおみかみ)が戦勝の兆しを見せてくれたものとして、必勝祈願のために勧請したと、伝えられます。
 その後、400年ほど前に、飯坂の舘山(たてのやま)に大鵬城(おおとりじょう)を構えた佐藤庄司基治(さとうしょうじもとはる)が、武運を祈願し大鵬城内に神社を建立し、1710年に、現在の地に移転しました。

4、祭礼期間(8日間)

 平成21年9月27日(日曜日)に、祭礼期間が始まります。もちろんそれ以前にも、住民から世話人等が選ばれたり、関係諸団体との協議、打ち合わせが持たれたり、様々な準備が行われていますが、この日に8つの祭典事務所が開き、各町内ごとに「大旗」の旗上げをします。
 午後1時から神社で【安全祈願祭】があります。
 各祭典事務所では、3つの屋台を組み立て、寄付等を申し受け、太鼓や笛の練習が本格的に行われます。
 各町内会では、神輿がお通りになる道に、注連縄(しめなわ)を張り巡らします。

 9月29日(火曜日)から、子供たちも一緒の屋台の町廻りが始まり、10月2日(金曜日)の「例大祭(3日間)」の初日を迎えます。

 各日には別名があり、以下のように呼ばれることもあります。
   初日=宵祭り(よいまつり)
   中日=本祭り(ほんまつり)=宮入り(みやいり)
   最終日=後祭り(あとまつり)

5、八幡神社例大祭実行委員会

 例大祭には一千名を超える住民が参加しますので、司る組織が必要となります。八幡神社が総括をし、例大祭実行委員会が担います。例大祭実行委員会は、氏子総代(うじこそうだい)の方々、8つの祭典事務所(さいてんじむしょ)、消防署、消防団、警察署交通指導、救護班、広報班などと緊密に連絡を取りながら、その年の祭り全体を練り上げます。

6、「祭典事務所(=町内)」について

 祭りで一般の方々に眼に触れやすいのは、屋台でしょう。屋台を司る組織は、祭典事務所です。実行委員会に所属する祭典事務所は8カ所あり、それぞれに、住民から推薦された町長(まちおさ)、大世話人(おおぜわにん)、世話人(せわにん)がいます。また、6つの祭典事務所は担ぎ屋台(かつぎやたい)を担う組織を内包しており、その組織は、睦会(むつみかい)、若連(わかれん)、組(くみ)などと呼ばれます。さらには1祭典事務所には複数の町内会が関係し、子供たちの育成会も関連します。

 8つの祭典事務所の各々は、以下のようになります。なお、布襟章(ぬのえりしょう)とは、紹介動画で頻繁に目につきますが、首に巻く布であり、一目で見分けられるように、また、町内の連帯感を増すために、祭典事務所ごとに色が違っています。

  ■上町(うわまち)祭典事務所......上町睦会......7町内会(八幡、馬場、大鵬、道城町、湯町、千人風呂通り、湯沢)......布襟章の色は、桃色。

  ■滝の川(たきのかわ)祭典事務所......瀧乃川(たきのかわ)若連......4町内会(赤川、春日町、花岡町、滝の町)......布襟章の色は、黄緑色。

  ■若錦(わかにしき)祭典事務所......若錦睦会......1町内会(若錦)......布襟章の色は、黄色。

  ■立綱(たちつな)祭典事務所......立綱睦会......4町内会(十綱東、十綱西、立町、鮎川町)......布襟章の色は、紫色。

  ■横町(よこまち)祭典事務所......横町組......1町内会(横町)......布襟章の色は、赤色。

  ■梍花(さいはな)祭典事務所......梍花睦会......5町内会(梍町、花水坂、花水坂南、月崎町、梅津山岸)......布襟章の色は、水色。

  ■天王寺((てんのうじ)祭典事務所......なし......1町内会(天王寺)......布襟章の色は、橙色(オレンジ)。

  ■小川(おがわ)祭典事務所......なし......1町内会(小川)......布襟章の色は、桃色。

 なお、天王寺祭典事務所は引き屋台を持ち、中日に、神社に宮詰め(みやづめ)し、神輿渡御(みこしとぎょ)に参加されます。小川祭典事務所は、引き屋台で、小川町内の神輿渡御の先導のみに参加されます。

 祭典事務所へは、住民個人、町内会が寄付をし、飲み物等の差し入れをします。寄付金以外にも、引き屋台の町廻りなどの折に触れて、住民による随時の寄付(「はな」と呼ばれています)も行われます。最近では、観光客が、祭典事務所のそばで担ぎ屋台が組み立てられている時などに、ご祝儀をお出しになる場面がよく見られます。基本的に、住民からの浄財でほとんどすべてが賄われています。

7、3種類の屋台について

 これにも、複数の呼び名があります。また、いずれの屋台にも大太鼓1台と小太鼓2台が乗ります。

  ●ふれ屋台(ふれやたい)=練習屋台(れんしゅうやたい)......最も小さな屋台で、車輪は3つの場合が多く、町を回ります。主に、祭り前の太鼓の練習、そして引き屋台が組み立てられるまで、また、中日の夜明けに「本祭りの日ですよ」と触れ回るために使われます。

  ●引き屋台(ひきやたい)=太鼓屋台=飾り屋台......数台の太鼓を積み、提灯で飾り、彫刻も施されています。4輪です。祭りの間、毎日、昼間と夜にコースを変えながら町廻りをし、中日の神輿渡御で、神輿に付き添います。

  ●担ぎ屋台(かつぎやたい)=けんか屋台......中日の宮入りでぶつかり合いをしますので、丸太を組み合わせて頑丈に組み立てられます。車輪はありません。50名以上の人で担ぎます。屋台部分には数台の太鼓が積まれ、宮入りの最初から、境内を経て、祭典事務所へ帰るまで、太鼓は叩かれ続けます。

8、太鼓の叩き手と横笛の吹き手

 住民が太鼓を叩き、笛を吹きます。現在は太鼓保存会が通年で活動し、また、飯坂小学校には太鼓クラブがあり、日頃の練習の成果が例大祭で披露されます。最近は女性も太鼓を叩きます。

 太鼓の叩き方には、4種類あります。この紹介動画でも、「あれ、さっきの場面と叩き方が違う」と感じられる場合があるでしょう。京都・祇園の流れを組んでおり、祭典事務所によっても若干叩き方が異なります。

  ●下がり半(さがりはん)太鼓......神社に入場およびそこから退場する際に叩かれ、また、神輿とすれ違う際にも叩かれます。儀礼上、最高の太鼓です。

  ●三切り(さんぎり)太鼓......他の町内の町長の家の前や祭典事務所の前で叩きます。また、町の境、他の町内を通過する際にも叩かれます。

  ●流し(ながし)太鼓......通常の町廻りの時に叩きます。

  ●宮入り(みやいり)太鼓......宮入りする際に叩かれます。

 様々な準備を経て、「例大祭の3日間」が始まります。この紹介動画も、この3日間を映しています。

9、初日、中日、最終日

 初日(10月2日:金曜日)=宵祭り(よいまつり)

  午前11時......【例大祭式典(れいたいさいしきてん)】......神社にて......八幡神社のすべての祭事の中で、最も重要な式典です。五穀豊穣を祈願し、氏子崇敬者の平安を祈願します。関係者は紋付袴で正装して参列します。

  午後5時20分......【移御式(いぎょしき)】......神社にて......稚児舞の会による「浦安の舞」、大鳥中学校剣舞クラブによる「剣舞」、飯坂小学校太鼓クラブによる「祭り太鼓」が奉奏されます。暗さが増すと、明日の神輿渡御(みこしとぎょ)に備えて、神社の本殿から御神体が神輿に移されます。移御式終了後に、【御神火(ごしんび)の採火式】が執り行われます。

 中日(10月3日:土曜日)=本祭り(ほんまつり)=宮入り(みやいり)

  午前5時頃......ふれ太鼓......全町内にて......上町祭典事務所が太鼓を叩き始めるのを合図に、他の町内が叩き始めます。ふれ屋台で、中日(=本祭り)の始まりをふれて回ります。

  午前8時......【宮詰め(みやづめ)】......全町内から神社へ......各祭典事務所から、正装された引き屋台が神社に集まります。世話人たちは紋付袴の正装で、他の関係者も揃いの半纏で正装します。

  続いて、【発輿祭(はっこうさい)】......神社にて......御神体を乗せた神輿が神社を出発する式です。神輿渡御の安全を祈念して、関係者がお祓いをします。

  午前8時30分......続いて、【神社発輿(じんじゃはっこう)】......神社にて......神輿が神社を出ます。神輿渡御の開始です。

  【神輿渡御(みこしとぎょ)】......全町内にて......神輿が通る町内の祭典事務所の引き屋台(上町祭典事務所)が、神輿を先導し、その後に若錦、滝の川、天王寺の引き屋台3台が続きます。各町内の大旗「町印旗(ちょうじるしき)」は8本とも付き添いますが、横町、立綱、梍花の引き屋台はいったん各自の祭典事務所へ帰ります。

  神輿が移動して、別の町内に神輿が入る時には、先導する引き屋台が入れ替わります。

  伝統とは別に、八幡神社により「二○カ神輿(にわかみこし)」としての承認を受け、飯坂ロータリークラブの国際交流神輿が、過去十年以上に渡り、神輿渡御に参加しています。福島市に住む外国人留学生が担ぎます。

  【神幸祭(しんこうさい)】......主に町内会ごとに一カ所ずつ......神輿渡御の道筋で、町内会ごとに「御祓所(おはらいどころ)」が25カ所に設けられています。また、9カ所の「力所(りきしょ)」と呼ばれる場所では、神輿を一度止め、その場所の方々へ敬意を払い、また移動します。

  午後1時......【引継ぎ式(ひきつぎしき)】......飯坂温泉駅前にて......昼食のための休憩をとり、神輿の案内を、横町、立綱、梍花の引き屋台に引き継ぎます。神輿渡御が再会されます。小川町内に入ると、小川祭典事務所の引き屋台が待機しており、神輿を先導します。神輿渡御が終わると、神輿は横町の御旅所(おたびしょ)でご休息を取ります。

  午後6時頃......宮入りに備えて、担ぎ屋台の移動......6祭典事務所から横町へ......初めて、6台の担ぎ屋台が各祭典事務所から道路へ姿を見せ、宮入りの出発地点である横町へ移動します。

  午後7時......【宮入り(みやいり)】......横町から神社へ......「宮入り」とは、「神輿渡御を終えた神輿が、各町内の担ぎ屋台に付き添われて、神社に無事お戻りになる」ということです。御旅所(おたびしょ)から、神社へ向かっての宮入りが始まります。人力車に乗った宮司が先頭となり、神輿が続き、その後に、6台の担ぎ屋台が付き添います。
  各町ごとに、安全のためにお祓いをする子供が先導し、高張提灯(たかはりちょうちん)を掲げた子供たちが続き、各町で多少の違いはありますが、大世話人、世話人、担ぎ手の頭(かしら)、役員たち、そして担ぎ屋台という順序で移動します。
  担ぎながらの移動ですので、神社まで所々で休みながら進みます。
  なお、担ぎ屋台の太鼓は、宮入りの初めから、宮入りを終えて、自町内に戻るまで、絶えません。

  午後8時30分......神社にて......最初に大鳥居をくぐるのは、6町内の先導役の6名の子供たちで、各町の高張提灯の子供たちが続き、神社の拝殿の回りを3回、右回りに回ります。次に宮司と神輿が入場し、神輿は「神輿殿」に収納されます。その後に、順々に、6台の担ぎ屋台が拝殿前に入ります。
  ところで、この後に拝殿前で、「飯坂けんか祭り」という異名を生んだ「担ぎ屋台のもみ合い、ぶつかり合い」があります。そうなった理由は何だったのでしょうか。

  かつて、「神輿殿」はなく、神輿は、大鳥居、参道、拝殿への階段、そして拝殿内部へと、まっすぐに移動しました。神輿の中のご神体が、拝殿、そして奥の本殿へ戻れば、祭りは終わります。しかし住民は、楽しい祭りを少しでも長く続けたいと願いました。そこで、付き添って来た屋台が拝殿前で神輿の前に回り込み、時として屋台同士が触れ合い、揉み合うようにして連なり、拝殿前をふさいで、神輿に拝殿への階段を登らせまいとしました。しかし、いつまでも阻止するわけにはいかず、最後は神輿が拝殿へ入り、祭りが終わりました。
  そのうちに、拝殿への階段は急であり、神輿はとても重く、事故が生じました。それはご神体の望む事ではないので、拝殿の脇に「神輿殿」が建立され、今は、そこへ神輿を納めるようになっています。
  かつての「神輿の拝殿への移動の阻止」の表れが、今日の「担ぎ屋台同士のぶつかり合い」の源です。

  ぶつかり合いの間も、屋台内部の太鼓の響きは絶えません。何かの事情で、太鼓が叩けなくなったら、その時点で屋台は境内から去る、という不文律があります。太鼓は叩かれ続けます。

  午後10時過ぎ......神社から各町内へ......担ぎ屋台が一台、また一台と神社を後にします。自町内に戻り、屋台置き場に置かれます。太鼓が終了し、明日からの解体を待ちます。「宮入りしてきました」という報告が町長(まちおさ)になされ、引き屋台で町廻りをします。多少傷つき綻んでいるかもしれませんが、誇り高き担ぎ屋台のまわりで、関係者と住民が祝杯をあげ、祭り談義と笑い声が夜の町に漂います。

  午後10時40分......【還御式(かんぎょしき)】......神社にて......すべての担ぎ屋台が去り、住民も帰宅し、静まった神社では、大鳥居の下に正の大世話人が集まり、「宮入りの終了」を確認します。続いて、神社に終了の報告をし、宮司が、神輿殿の神輿から御神体を本殿へ移す「還御式」が行われます。

 最終日(10月4日:日曜日)=後祭り(あとまつり)

  午前11時......【後鎮祭(こうちんさい)】......神社にて......お祭りが無事終了した事を神々に感謝します。続いて、神社の社務所にて、例大祭実行委員会が開かれ、宮入り等で問題、わだかまりなどがなかったか、あれば、反省されて、解決、相互了解がなされているかを確認し、手締めをします。

  午後5時30分......【千穐楽仕舞太鼓(せんしゅうらくしまいだいこ)】......神社にて......6町内の引き屋台が、提灯に灯を入れて、境内に集合します。各町ごとに太鼓を披露し合います。太鼓の響き、拍子、抑揚、強弱、笛とのバランスなどが町内ごとに微妙に異なり、味わいがあります。最後に全屋台どうしで太鼓を叩き合います。来年の再会を約束し、境内を後にして、各町内の最後の町廻りへ帰ります。

終わりに:祭典事務所の活動と地域

 日本で最少の住民組織は町内会でしょう。一般に、複数の町内会が共同事業を継続する事はめったにありません。ところが飯坂では「八幡神社例大祭」というお祭りを舞台にして、百数十年前から、規模も内容も少しずつ変わりながらも、毎年、複数の町内会が共同事業で1つの祭典事務所を形成し、運営し、地域全体の祭りに参加するということが行われています。これが、より広域の住民間のコミュニケーションの機会を保ち続けてきており、近年の飯坂の地域づくりの基盤となっている、と指摘する方々もいらっしゃいます。
 皆様も、ぜひ、祭礼期間中に飯坂を訪れて、この地の文化に触れていただければ幸です。